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世界で戦えるスタートアップを育む関西の「絆」 ~「起動・第3期デモデイ」レポート~

世界で戦えるスタートアップを育む関西の「絆」
~「起動・第3期デモデイ」レポート~
2025年9月10日(水)
3期目を迎えた「起動」の集大成となるデモデイが、9月10日にグラングリーン大阪のJAM BASEで開催された。当日、パートナー企業の一員として参加していた一人は、関西のスタートアップ・エコシステムに対する印象を次のように語ってくれた。
「関西にはスタートアップの成長を支えるための強い『絆』がある」
デモデイでの成果発表は、まさにこの「絆」がもたらす恩恵を感じさせるものだった。半年にわたる起動の支援期間中、関西の産官学のネットワークが随所で真価を発揮し、採択された5社の事業を加速させる強力なエンジンとなったのだ。
コーディネーターとの絆
起動のプログラム期間中、各スタートアップには担当コーディネーターが付き、事業課題に応じた伴走支援を行う。このコーディネーターとの絆の深さを強く印象づけたのが、最初に登壇したYellow Duckの中山氏だ。「私たちはコーディネーターの武川さんを、敬意を込めて『ビッグ・ボス』と呼んでいます」と会場の笑いを誘った同社は、海の波を利用した発電技術を開発している。

発表の中で中山氏は「経営人材の紹介、事業計画のブラッシュアップによる補助金獲得、事業資金を活用したプロトタイプ製作と特許出願など、期間中の成果は数えきれません。これらの成果の中心には起動があり、このプログラムをリードしてくださったのが武川さんです」と謝意を述べた。
特に同社を前進させたのは、最初の1カ月間、集中的に取り組んだ「事業の現状把握」と「課題の洗い出し」だという。「それまで、日々の業務に追われるばかりで事業全体を正しく把握できていませんでした。武川さんをはじめ、起動の支援チームが専門的な視点から課題を浮き彫りにしてくれたおかげで、真に必要な支援を見定めることができました」と強調した。
もう1社、コーディネーターの親身な伴走について語ったのが、AIを活用した建設DXを手がけるKENCOPA。ディープテック系が主な支援領域だった起動において、初めて採択されたSaaS系のスタートアップだ。代表の安村氏は発表の中で2件の補助金獲得について触れ、そこにコーディネーターの心強い伴走があったことを紹介した。「ある自治体の補助事業では、応募資料のブラッシュアップに時間をかけて付き合っていただき、プレゼン審査にはオンラインで参加して応援コメントを寄せてくださいました」と支援の手厚さを強調した。

一方、絆の深さはコーディネーターのコメントからも感じられた。Yellow Duckのコーディネーターを務めた武川氏は「中山さんの不屈の精神は尊敬に値します。どんな困難があっても、達成するまで決して歩みを止めない人です」と称賛。KENCOPAのコーディネーターを務めた浅岡氏も「営業同行の際に感じましたが、安村さんは相手のニーズを的確に把握する力が非常に高い。そのスマートさを持ちながら、泥臭く現場で汗をかくことも忘れていない」と評価した。


他のいずれのコーディネーターも、伴走したスタートアップ経営者に対し「高いスキルと行動力、困難を乗り越える精神力がある」と敬意を表し、人柄も含めた深い理解のもとに事業を支えている関係性が伝わってきた。
パートナー企業との絆

起動の運営には、さまざまな形でリソースを提供するパートナー企業の存在が欠かせない。今期は計11社の事業会社が参画。開会挨拶に立った公益財団法人大阪産業局の上野山氏は一社一社の名前を読み上げ、謝意を表した。そして採択企業の成果発表においても、パートナー企業の存在が事業加速の大きな推進力になったことが語られた。

ガンマ線の可視化技術を武器に、発電や宇宙分野での事業開発をめざすエルライの吉田氏は「三井住友海上火災保険様との協業が実現し、宇宙分野の事業が本格的に動き出しました。また、小野薬品工業様への事業プレゼンの機会もいただき、将来的な医療分野への進出の可能性も見出すことができました」と、パートナー企業とのコネクションで事業の可能性が広がったことを強調した。

未熟児網膜症(ROP)の予測AIプログラムを開発するネオキュアの祖父江氏は「弊社と同じく『目』の健康に取り組むロート製薬様と連携し、ご支援を受けながら事業を広げていけることになりました」と成果をアピール。Yellow Duckの中山氏は「採択前は実証実験を行う場所の目途すら立っていなかったが、三井住友海上火災保険様の支援により実現に向けて動き出しました。一緒に実証を行う電力会社とも起動を通じてつながることができ、自治体や研究機関からの協力の可能性も生まれています」と今後の明るい展望を語った。
またKENCOPAの安村氏は、共同開発パートナーとなる建設会社とのマッチングのスキームを池田泉州銀行と構築したことを紹介。「建設業務を効率化するAIを地場の建設会社様と一緒に開発することができ、弊社のプロダクト開発に弾みがついた」と意義を強調した。
一方のパートナー企業からも、起動への参画を通じた協業により、自社や地域が成長することへの期待が語られた。今期からパートナー企業に名を連ねた第一三共ヘルスケアの副島氏は「今後もヘルスケア領域を中心に、スタートアップや自治体、研究機関など幅広いパートナーと社会課題に取り組んでいきたい」と協業の広がりに期待を寄せた。



また、1期からパートナー企業を務める池田泉州銀行の石川氏は、過去の採択企業への支援がさまざまな形で実を結んでいることを紹介した上で次のように抱負を語った。「地域金融機関として、引き続き他のプレーヤーと連携しながらスタートアップを地域の成長に結び付けていきたい。そして日本の産業の国際競争力向上に微力ながら関わっていきたい」。
関西の財界との絆
起動への採択は、関西の財界ネットワークへの門戸を開いてくれる。これまでも多くの採択企業がその恩恵を語ってきた。このデモデイでも、関西ブリッジフォーラムへの参加で得られたコネクションや、そこから生まれた具体的な協業の成果が語られた。
特に大きな成果を発表したのが、エンドファイトの風岡氏。関東を拠点とする同社は、植物の発育機能を高める土壌微生物の研究で世界をリードし、環境分野での事業共創コンソーシアム構築をめざしている。登壇した風岡氏は「起動に採択されたことで多くの企業様から具体的な協業の申し出をいただけるようになりました。これまでも多くの事業会社と連携事業を進めてきましたが、今年度中に協業パートナーが30社程度にまで増える見込みです」とネットワーキングが拡大したことを強調した。

エルライの吉田氏は「大手インフラ会社とコネクションを築くことができ、有償PoCの獲得につながりました」と目に見える成果をアピール。また、KENCOPAの安村氏も「関西ブリッジフォーラムへの参加は、走り出したばかりのスタートアップにとっては非常に有益なものでした。そこで知り合った大手ゼネコンと、プロダクト導入に向けた協議が進んでいます」と明かした。
これらのネットワークの価値について印象深い言葉を残してくれたのがネオキュアの祖父江氏だ。「今はリモートで遠くの人とも簡単につながることができますが、地元のネットワークにはどこか心強いものがあります。さらには、対面で話すことでより深く気持ちがつながり、それがスタートアップを成長させる力になります。起動を通じて、このような絆を提供いただけたことに感謝しています」。

次の成長に向けた正しいステップを
「ディープテックには、ディープテックの戦い方の型がある」。デモデイを締めくくる講評として、起動のメンターを務めたWiLの松本氏はこのように述べ、「起動を通じて1歩目を踏み出せたと思うので、次の成長に向けた正しいステップを探してほしい」とエールを贈った。

デモデイ終了後はネットワーキングの時間が設けられ、採択企業との名刺交換を目当てに列ができるほどの盛況ぶりを見せた。参加者からは「資金だけでなく、ネットワーク面でも支援が充実していることが伝わってきた」「技術や研究成果の社会実装に向けた解像度を高めてくれるプログラムだと感じた」など、起動への高い関心を覗かせるコメントが寄せられた。






ここで生まれた新たなネットワークが、関西のスタートアップ・エコシステムの「絆」をさらに強固なものにするだろう。そんな期待を残して、デモデイは幕を閉じた。
(取材・文 福井 英明)