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追い風を味方にDay1から世界をめざす~「起動・第2期デモデイ」レポート~
追い風を味方にDay1から世界をめざす
~「起動・第2期デモデイ」レポート~
2024年9月26日(木)
「起動の特徴を表すなら『親身』という言葉に尽きる」
デモデイに登壇したスタートアップの1社は、6か月間の伴走支援をこのように振り返った。
昨年の第1期を上回る182件の応募を集めた「起動」のデモデイが行われたのは、2025大阪・関西万博の開幕までちょうど200日を切った2024年9月26日。いずれ世界を変えるかもしれないスタートアップの勇姿を見届けようと、多くのビジネスパーソンが中之島中央公会堂に集まった。
採択された5社の成果発表を聞いた誰もが、起動がいかに“親身”な支援プログラムであるかを痛感したに違いない。そのくらい各社の発表は手厚い伴走支援への感謝にあふれていた。そして、感謝とともに語られた飛躍への決意に胸が躍る一日となった。
関西に吹く追い風
関西には今、追い風が吹いている。デモデイ直前の9月6日にはグラングリーン大阪の先行まちびらきに湧き、来年には大阪・関西万博を控えている。しかし、起動の事務局を務める大阪産業局の藤原裕司氏がデモデイの冒頭で口にしたのは、次のような課題感だった。「関西は今、大きな飛躍のチャンス。しかし国内第2位の経済圏というポテンシャルを生かして有望なスタートアップを増やすには、まだまだ努力の余地がある」
▲公益財団法人大阪産業局 藤原 裕司 氏
万博という絶好のチャンスに向け、世界へ羽ばたくスタートアップを育てたい。しかし、そのためには産官学金すべてのリソースを結集し、オール関西でサポート体制を築く必要がある。起動が生まれた背景には、このような事情があった。
その熱意に関西の企業や団体も応えた。藤原氏に先立ち挨拶を行った大阪産業局の常務理事、上野山泰成氏は「パートナー企業、メンター、大学、経済団体の皆さまから多大なるご支援をいただいたことに厚く御礼申し上げます」と謝意を述べ、本プログラムの実現に向けて多くの力が結集したことを覗わせた。
▲公益財団法人大阪産業局 常務理事 上野山 泰成 氏
ディープテックは関西の強み
先述の上野山氏の挨拶には次のような言葉も添えられていた。
「採択された事業は、いずれも革新的な技術で前例のない価値の創出をめざすものであり、世界への飛躍が大いに期待される」
起動が支援するのは、主に「ディープテック」といわれる分野で、大学の先進的な研究から生まれる技術で社会課題解決をめざすものだ。
「すぐれた大学が集まる関西の強みを生かす」
そんな意思が伝わってくるプログラムだ。
実際、第2期で採択された5社のスタートアップの事業は以下のようなものだ。
■株式会社QioN
▲株式会社QioN
代表取締役 平野 祥久 氏
京都大学発のスタートアップであるQioNは、高性能イオン伝導膜の合成技術を基盤に、グリーン素材の製造プラットフォームを開発する。
■光オンデマンドケミカル株式会社
▲光オンデマンドケミカル株式会社
代表取締役CEO 津田 明彦 氏
神戸大学発で、生ゴミや汚水などから発生するメタンなどのバイオガスから「光」で医薬品原料などを合成する技術を持つ。
■株式会社TearExo
▲株式会社TearExo
代表取締役 堀川 諒 氏
同じく神戸大学発で、「涙」に含まれる細胞外小胞を前処理なしに検出する技術を活用し、迅速かつ低侵襲で高精度な乳がん検査の開発をめざす。
■株式会社Holoway
▲株式会社Holoway
取締役CEO 佐藤 雅仁 氏
兵庫県立大学発のHolowayは、独自のデジタルホログラフィ技術を活用し、従来の光学技術では不可能だった大面積ワンショット測定や超高分解能測定などを実現する。
■リバスキュラーバイオ株式会社
▲リバスキュラーバイオ株式会社
代表取締役CEO 大森 一生 氏
大阪大学発のスタートアップで、血管を作る幹細胞である血管内皮幹細胞を用いた細胞医薬品を開発し、微小血管の障がいに由来する疾患に新たな治療を提供する。
これらの事業は、いずれも世界のスタンダードとして未来の産業基盤となる可能性を秘めている。そのような事業の飛躍を支えている起動の意義を、プログラムメンターを務めた株式会社WiLの松本真尚氏は次のように評した。
「どの採択企業も事業テーマがすばらしく、『ディープテック』という世界で戦える分野をオール関西でバックアップしていることもすばらしい」
▲株式会社WiL 松本 真尚 氏
親身で密な伴走支援
デモデイでは、採択された5社それぞれが6か月間の伴走支援を振り返り、成果と今後の目標を発表した。その中で、もっとも強調されたのが「親身で密なサポート」だった。
上述の「起動の特徴は『親身』に尽きる」と表現したのは、HolowayのCEO、佐藤氏だ。実際の様子を同氏は次のように振り返った。
「起動はヒト・モノ・カネ、すべての面で事業を前に進めてくれた。グループチャットでいつでも相談できる環境があり、精神的にも大きな支えとなった」
また、リバスキュラーバイオCEOの大森氏も次のように評価した。
「起動は対面の議論だけでなく、横並びで伴走してくれる稀有なプログラムで『採択企業の成長につながることは何でも支援する』という姿勢で寄り添ってくれる」
実際にどれほど密な支援だったのかは、光オンデマンドケミカルを担当したコーディネーターのコメントから伝わってきた。
「この半年間、毎週ミーティングを行い、メールも含めるとほぼ毎日のようにコミュニケーションを取ってきたので、支援者というより“仲間”という感覚だった」
この言葉どおり、光オンデマンドケミカルの津田氏も「設立直後の不安定な時期に、まるで社員のように伴走していただいた」と成果発表で強調していた。
密で親身なプログラムの特徴は、客席にも伝わっていたようで、来場者からは次のような感想が聞かれた。
「シード期、しかもディープテックという難しい分野ながら、事務局の伴走力がすごいと感じた」
「似たような支援プログラムはたくさんあるが、密なコミュニケーションが半年も続くところが特徴的」
組織づくりが加速する
スタートアップが成長軌道を描くまでには数多くの壁が立ちはだかる。そのひとつが人材採用と組織づくりだ。今回のデモデイでは、その点でも成果が強調された。
中でも顕著な成果が生まれたのはQioNだ。
「事業資金のおかげで、技術と事業をつなぐ専門人材にジョインしてもらうことができた。これで開発を加速させることができる」
また、Holowayの佐藤氏からも次のような成果が発表された。
「外部でプロとして活躍していた人材を獲得でき、実際に顧客へ価値を届ける基盤を築くことができた」
ネットワークが広がる
組織づくりと並んでスタートアップの成長に不可欠なのが、外部とのネットワークづくりだ。将来の顧客候補の開拓はもちろん、PoCや共同開発などの協業先を探すのも独力では難しい。ここでも起動は大きな役割を果たした。
「多くの事業会社や行政機関に引き合わせていただき、実証実験や補助金獲得、メディア出演など多くの成果が生まれ、事業基盤を固めることができた」と語るのは、光オンデマンドケミカルの津田氏だ。
また、TearExoの堀川氏はネットワーキングによる成果を次のように強調した。
「紹介いただいた医療機関からのユーザーヒアリングで現場の課題を知ったことや、物流会社と製品の輸送について協議を始められたことなど、さまざまな成果が生まれた。また、協業資金を活用してパートナー企業と検査リスクへの補償の検討なども進んでいる。このように、外部のリソースを活用して事業基盤をスピーディーに構築できることが、起動の大きなメリット」
コーディネーターの伴走
起動の支援プログラムを支えているのは、各採択企業を担当するコーディネーターの存在だ。各社の事業課題に合わせて、必要な支援を検討し、適切な機関とマッチングさせる役割を担っている。
デモデイでは、各社の成果発表の後にコーディネーターも壇上に上がり、支援期間を振り返った。そのコメントからは、各コーディネーターがスタートアップに寄り添い、経営者を深く理解してきたことが伝わってくる。
例えば、TearExoの担当コーディネーターは、代表の堀川氏を次のように評した。「堀川さんは“取り憑かれている”と言ってもいいくらい、この技術開発に身を捧げている人。そのためVCなどから辛辣なコメントを受けても心が折れることなく、どんどん吸収して前進してきた」
リバスキュラーバイオの担当コーディネーターも、CEOの大森氏について次のように語った。
「大森さんは謙虚ながら成長への意欲が非常に強い人。そのビジョンを一緒にめざせるのはとても光栄で、皆さんにもぜひ応援してほしい」
また、QioNを担当したコーディネーターは、チームとしての同社を次のように称えた。「QioNの一番の強みは、専門性を持った人材が同じ志で集まっていること。チームとして強力な推進力を持ちつつ、各メンバーが個性を出しながら開発をどんどん進めている」
パートナー企業にもメリット
起動を運営する上で欠かせないのがパートナー企業だ。第2期では9社がパートナー企業として参画し、採択企業の事業を加速させる大きな力となった。デモデイでは、その中から3社が登壇し、起動に参画する意義を語った。
最初に登壇した三井住友海上火災保険株式会社は、採択企業との協業について次のように語った。
「第2期では、現在までに4社の採択企業と協業を進めている。スタートアップは世の中にないものを生み出す挑戦者なので、常にリスクがついて回る。リスクへの備えを提供する会社として、今後も一緒になって挑戦を後押ししていきたい」
次に登壇したロート製薬株式会社は、地元関西への感謝の思いを口にした。
「今、私たちは健康という価値観を通じて世界のひとびとのWell-beingに貢献するために、さまざまな事業に取り組んでいる。その中でスタートアップとも連携、協業しながら新しいシナジーを生み出していく。弊社は関西で125年にわたり成長してきたので、いただいた財産を関西に還元していきたい」
最後に登壇したのは小野薬品工業株式会社。自社のオープンイノベーション戦略に起動で得た知見が役立っていることを強調した。
「現在、新規事業でのオープンイノベーションに注力すべく、CVCの設立やアクセラレーションプログラムの展開にも取り組んでいる。起動への参画は、これらの知見を高める上でも有益だった」
この3社に限らず、起動の支援を通じてさまざまな事業会社や行政機関と採択企業との協業が実現している。最近は大手企業とスタートアップによるオープンイノベーションも広く行われるようになってきたが、起動を通じた協業にはある特徴があるという。
それは、Holowayの佐藤氏が語った次の言葉に表れている。
「パートナー企業の皆さんが協業に前向きで、『何ができるの?』ではなく『こんなこともできるのでは?』と積極的にご提案をいただくことも多かった」
いずれ世界へ羽ばたくスタートアップと協業できるメリットを感じているからこそ、パートナー企業の姿勢も前向きになる。そんな起動の特徴が伝わってきた。
Day1からグローバルをめざす
起動はこのデモデイをもって第2期が終了。同時に第3期に向けて走り出した。このプログラムがさらに発展するために必要なことは何か?そのヒントを与えてくれたのが、メンターを務めたWiLの松本氏だ。
「日本の常識が世界の常識とは限らないので、スタートアップ側にはボードメンバーの多様性を意識してほしい。また、起動のパートナー企業にもグローバルの要素を加えていけば、さらに良くなるだろう。ユニコーン創出をめざすならDay1から世界を見て、起動をグローバルベンチャーが次々に生まれる場へとグレードアップしてほしい」
起動は、関西から“世界”へ羽ばたくスタートアップを育てる取り組みだ。その期待の高さは、最後のネットワーキングの盛況ぶりに表れていた。関西だけでなく東京からの来場者も見られ、名刺交換と談笑が絶え間なく続く。関西のスタートアップ・エコシステムを発展させる大きなエネルギーを感じさせる場となった。
「今日登壇した5社の技術が普及することで、世界中の人々が豊かで健康になる。そんな未来への期待を抱かせてくれたことに感激した」
来場者の1人は、デモデイの感想をこのように表した。
このような期待の高まりが、さらに多くのプレーヤーを関西に引き付け、スタートアップ・エコシステムを進化させる大きなうねりとなる。そんな確信を抱かせるデモデイだった。
(取材・文 福井 英明)